失敗と悪
SNSで、車内児童置き去りが話題になった
2024.06
児童虐待だの、親失格だの、子どもの命を金儲けに使ってるだの、自分だったらこうするのに子どもがかわいそうだの
匿名の批判の嵐
そして次から次へと揚げ足を探す人たち
不特定多数がそれを見ることができて
そこにはもちろん未成年の子どもも含まれる
失敗をしたら叩かれる
失敗したらだめなんだ
失敗はいけないんだ悪なんだ
きっとそう思うだろう
子どもが3歳なら親だって、親3歳
3年ちょっとやっている過程で間違いだって当然ある
動画を撮ってる暇があるなら窓ガラスを割ってでも助けろ?
子どもが苦しそうにしてるのに動画のことを気にするんですね
そんなことも書いてあった
共感する私もいた
でも、彼らの仕事は動画配信者なのではないのだろうか
どんな時でも仕事のことを考えるのはみんな同じなんじゃないのか
通常1週間のうち5日間も仕事をしている
強制的に5日間も仕事のことを考える時間があるのだから考えるなと言われる方が無理だ
では
あなたは、子どもが熱を出したり何か危険な目にあった時
仕事のことを1ミリも考えずに子どものことだけを考えることができると胸を張って言えるのだろうか
もちろん子どものために速攻帰るといった行動はできるだろう
私が言ってるのは頭の問題だ
彼らは、自分の生活そのものを仕事にしている
四六時中、どんなことが動画のネタになるか考えているんじゃないのだろうか
定時なんてない
朝起きた瞬間から寝て意識がなくなるまで
動画のことを考えているんじゃないのだろうか
それはあなたの仕事の時間よりも遥かに多い時間だ
だから人気YouTuberになったんじゃないのか
そんな人が何か起きた時、仕事のことを考える
つまり動画配信のことを考えて動画を回してしまうことと
あなたが子どもの元へ駆けつける間仕事の電話をしたり、仕事のことを考えることと大差ないと思った
だから私は、仕方ないって思った
不快にさせてしまってごめんなさいって言ってるんだから
今後同じことが起きないように努める
それで良いじゃないか
彼らは失敗をした
それはあなたに何か迷惑をかけましたか
きっと彼ら自身が1番怖くて辛い思いをした
命が助かってよかった
気をつけてくださいね
あと、動画は辞めておいた方がいいですよ
なぜそれで済まないのか
なぜごめんなさいって言ってる人をこれ以上叩けるのか
こんな世の中じゃ
相当な勇気がないと子どもたちは、今の若い人たちは何もできない
自分のやりたいことをまずはできるかできないかで判断してしまう
やったことないならできるはずがないから
失敗が怖くてやらない
チャレンジできない、夢すら見られない
失敗しない安全な方にしかいけない
そしてそんな安全で退屈な毎日に飽き飽きして
自ら人生を終わりにする
そんな選択肢しか持ち合わせることができないんだ
失敗は悪なんかじゃない
成功の過程にしかすぎない
本当の悪は人の失敗を叩くなんの挑戦もしてない現状維持の生活ばかりしてる人たちだよ
そろそろやめないか
満たされない自分を他人を攻撃して見下すことで満たす、くだらない行動を。
脳内会議
多数派が強いこの世界で
多数決が取れない場所
誰にも見られていない自由な場所
何をしたっていい何を言ったっていい
邪魔者はここにはいない
今日もまた定例会議が始まるみたいだ
みんなに好かれたかった
頼りになる人になりたかった
だからちょっと背伸びして頑張った
そんな時に限って邪魔が入る
あぁ、もう嫌、辞めたい
でもここで辞めたら、おとなげないよな
頑張らないと大人にならないと
はぁ、もっと自分らしく生きたいな。。
やっぱり私にはだめだ
もう辞めておこう
結論、なれないことはするもんじゃない
背伸びして怪我するくらいならもういっそ体育座りでもしておこう
すみっこでひっそり
そんな私に囁く
つまずいたのは進んでる証拠だよ
大人になってる証拠
ほら、今しゃがんでるのもこれから伸びるってことだよ!
バネはたくさん縮んだほうが高く飛ぶっていうじゃん?
はぁ、背伸びをしたら転んで
何もしなければ退化して
休みたくて座ったら高く飛べって
うるさいな
もう傷だらけなんだよ
見えないかもしれないけど傷ついてるの
目で見えないものはノーカウントですか
何も知らないくせに土足で踏み込んでこないで
勝手なこと言うだけ言ってどうせすぐいなくなるんだから
私の人生見届けるわけじゃないんだから
何も言わないでよ。
そんな脳内会議、出てきちゃだめだよ
涙がこぼれないように上を向いて歩こうと誰かが言った
上を向いていたら足元が見えなくて躓いた
痛くて涙が出た
もう、何を信じたらいいのかわかんなくってそのまま泣くしかなかった
前向きになりたかった
強くなりたかった
過去の傷なんて気にならないくらい自信を持ちたかったそれだけなのに
前を向けば向くほど過去が迫ってきて
癒えきっていない傷に傷を重ねた
もう治らない、治療法もない
この痛みに耐えられないなら
終わらせるしかないんだよな
君は考えすぎだよって言われた
考えないようにするにはどうしたらいいのか考えた
また考えすぎてしまったと落ち込んだ
頑張りすぎだから少し肩の力を抜いた方がいいよと言われた
頑張って肩の力を抜いた
考えないために考えて
頑張らないように頑張った
報われるまで努力したらいいってわかってはいるけど
こんなにも辛いんだ
辛いのは今だけ今頑張ればって思うけど
もう少し笑って生きてはいけないんだろうか
見えない傷が見えるようになったあの日
その傷は強くなった証にしたくて
もっと胸を張って生きていたくて
頑張るって、泣きながら必死で笑った
本音と建前
いつからだろうか
相手が本音を話していないとわかるようになったのは
建前に建前を重ねてくるから
最終的にこの人は何が言いたいのか
ストレートに聞きたくなる時がある
で、本音はなんですか?
相手が建前で話してくるから
建前でしか話さないから私は全力で心を閉ざした
NOならNOと言えばいい
自分がどう思われるかばかりを気にして話すな
相手が何を考えてるのか気にしながら話すな
自分の伝えたいことを伝えればいいじゃないか
それで違った捉え方をされたらそれまでだ
あなたの伝え方が悪い、もしくは相手とは合わなかった
それだけのこと
あなたが本音で話さなければ
私も本音で話せないし、話す必要もなくなる
遠回しが1番めんどうで気持ちが悪い
そんな関係はどこでもいらない
まぁ、大人はみんなそうか
23歳にもなって大人になりきれない自分を飼っている私は
そんな自分が出てこないように大人なフリをする
愛想笑い、相槌、愛想笑い
これが大人か
そんな帰り道
大人になってそんなことしてたら恥ずかしいよ?
そんなことを児童に言ったことを思い出した
あの子たちはこんな大人を見て大人になりたいと思えるのだろうか
でも、私は大人はいいものだと嘘の夢を与えられほどの大人ではなかった
人生の目標をもたないで生きることは当たり前なのだろうか
やりたいことが、夢が職業なのは当たり前のことなんだろうか
もっと夢を与えられる人になりたい
なんでだろう
なんでこんなに自分のために生きたいと思えないんだろう
これは誰かにどう思われたいとかそういうのばかりを考える大人の建前なんかじゃなくて
大人になりきれない私の本音だった
人気物
どこへいくにも、誰かと出かけるにもいつも一緒
忘れたら絶対に取りに帰るし
無くしたら必死になって探す
少しでも時間があれば使って
時間がなくたってそのために時間を作るだろう
きっと家族より恋人よりも一緒にいて見つめ合って話して笑っている
誰からも愛される人気物、スマホ
それは時に、夢を叶えてくれたり
人と人を繋げたりしてくれる
そしてあなたを決して孤独にはしない
自己肯定感を高めてくれる時だってある
傷つくこともあるけれど
その傷を癒すことだってしてくれる
敵わない
機械に負けた
AIに人間が負ける時代が来るとはよく言うが
もう来ている
誰とどこへ行っても机の上にはスマホがあって
話してたって通知が来たらそっちに持って行かれて
やっと会えた限りある時間、その時間さえも
いつもいつでも一緒にいることができるそいつに奪われていく
声よりも文字が増え
笑顔も取られた
争いたくてもなす術がなくて
こうしてまた向き合う
誰かといる時くらいはその時間を大切にしたい
スマホは時計代わりになんてならない
時間以外のたくさんの情報を与えられ、その場の意識を取られる
カメラ、時計、電話、財布、SNS全てが一つになって
いつでもどこでも使えるようになって
なんて便利な世の中だ
現代に生まれてよかった
そうは思えないんだ
使いたい物じゃないものがある
余計なものがたくさんあるから
今、この大事な時間を無駄にしてしまう
会話、勉強、読書
もっと使うべき時間があるのに
その人気物は私にとっては邪魔物だ
なのに手放せずに
こうして今もここにいるから
怖い。
こんな物がなければ
繋がっていない人たちもたくさんいて
今の私だってなかったのだけれど
こんな物がなければ
もっと人との繋がりを大切にする人が増えていたと思うんだ
どうしようもないことを考えている。
人気物に勝てない私
そんな私でも唯一その劣等感から逃れられる時がある
それは車の中
私じゃない誰かが運転している時だ
運転は少なからず日常の中で私が1番人気物に勝てる時だと思う
私は運転手の目を奪わず、手を奪わずに会話ができる
運転手と一緒に道や行き先を考えることができる
私は優秀だ
だから私は1人の時以外はあまり運転しない
私が運転したら人気物に負ける
そんなしょうもない戦いをしてることに気付いたのはつい最近だった
人との時間を大切にしよう
こんなしょうもない戦いをするのは
私だけでいい
大丈夫
大丈夫?と聞かれた時の答えはきっと
大丈夫!だ
私はつくづくそう思った
昨日、バスケで人とぶつかって床に頭を打った
痛くて頭が重くてしんどかった
すぐにみんな駆けつけてくれて、大丈夫?どこぶつけた?と聞いてくれた
私は大丈夫だよって頷きたかったし、聞かれたことにもすぐに答えたかった
なんならすぐに起き上がって大丈夫、大丈夫って
その場を後にしたかった
でも、後頭部を打っていたからなかなかそれができなくて
頷くにも頭が重すぎて
あぁ、心配かけちゃう
早く早く起きなきゃって
それでもできなかった
頭は痛いし重いけど、心配かけたくない気持ちが大きくて
心配かけてしまったことに申し訳なくて
元気に見せなきゃって
大丈夫?と聞かれたら大丈夫、大丈夫と答えていた
私にとってはこの頭の痛みより
みんなに心配や迷惑をかけることが耐えられなかったから
少し落ち着いて座れるようになった後もみんな来てくれた
大丈夫?って
聞かれるたびに心配させないように返そうと思うけど
話すのが少し辛くて、頷くのはもっと辛くて
気を遣って話しかけてくれる人がいたけど
正直1人にして欲しかった
痛いし、辛いし、頭がぼーっとする
それなのに人がいると辛い顔なんてできなくて
心配かけないためにどうしたらいいか考えて、そのために無理するしかなくて
辛かった
もういい、もう、放っておいてくれ。
本音は言えなくて
また下手な笑顔をして大丈夫だよ、ありがとうって
よかった、こんな思いするのが私でよかった
そんなことを涙ながらに思った
きっと私は、大丈夫?って人に言えない
その答えはわかっていて
その答えをした人の心の中すら勘繰ってしまうから
たくさん頭を覆って、傷つこう
そうではないと人の気持ちが、本当の人の気持ちがわからないのだから
人はそれを考えすぎと呼ぶかもしれない
でも、何も考えずに誰かを無意識に傷つけるよりマシだから
痛みも辛さも全て勉強にして
人に優しくなろう
それは誰かのためなんてそんな偽善じゃなくて
自分が好きな自分でいられるため。
怒り
私が最も嫌いな感情がこの怒りだ
無駄に体力使うし精神すり減るし何も生まれることがない
でも、私はそんな怒りに気づかされたのだった
家庭の事情で私はみんなが母というところを父と言うのだ
それに違和感を持たれるのは構わない
でも、それを否定するような
父を否定するようなことを言うやつは許せなかった
父を否定していいのは
私と兄だけだ
何も知らない他人にとやかく言われる筋合いはない
子どもに心配されるくらいしか稼げない親にはなりたくない
そう言われた
私の父を心配する気持ちを話したらそう言われたんだ
一瞬で、カッとなったのがわかった
すぐに否定の言葉が出た
私は何も心配してくれない子どもは絶対いらないわ
私が父を心配する気持ち
それにはどんな想いがあるのかも知らずに
そんなこと言うやつ、絶対に許さない
知らなかったで済むと思うか?
知らなければなんでも許されるのか?
知らないなら知らないなりに配慮すべきことがたくさんあるだろう
それを全てやってもなお、人の想いを知らずに傷つけたのなら
人間やり直した方がいい
ある日、父は当時3歳の私と4歳の兄の母親の役目もしなければいけなくなったのだ
自業自得と言われればそれまでだけど
誰にだって失敗はある
それがただ、人の人生に関わることだっただけ
20年前、父は32歳
世間で言ったらまだ若い
そんな父がいきなり2人の幼い子どもの父親と母親の役割をしなければいけなくなったんだ
どれだけ大変だったか
私には想像つかない
失敗だってたくさんしたはず
後悔だってたくさんあったはず
それでも親でいることを辞めないでくれた
だから私は今、生きていられる
仕事のこと考える暇なんてなかっただろう
どんなにきつい仕事でもやるしかなかった
小さな子ども2人もいたら
転職活動なんてする暇ないし、考える暇なんてなかった
それなのに毎日ご飯は必ず作ってくれていた
そんな父が51歳になって
私と兄が少しずつ自立し始めて考える時間もできて
ようやく、資格をとってタクシーの運転手になった
収入も上がった
でも、不安定だった
父には時間がなかった
勉強する時間、考える時間、遊ぶ時間、夢を見る時間、寝る時間すらなかった
全て私たちのために使っていたのだから
だから私は父の仕事に口出すことはできないし、否定することだってしない
私たちが父の思考を奪ってしまっていたのだから
だから、だから私は少しでも父の役に立ちたくて
父に楽して欲しくて、今やってることを頑張りたいってそう思って話したんだ
父の失った時間を私が埋めてあげたいって
その近道は、私がお父さんが働いて稼ぐ分を稼ぐこと。つまりお金だった
そこまでの想いがあって言った言葉にあなたは
そんな父親になりたくないと言った
私はそんなお前といたくない。
きもち
どこからが浮気だろう
そんなこと誰でも一度は思ったことがあるのではないだろうか
そう、私も例外なく考えたことがある
私の意見としては
どこからが浮気か知りたくなったら浮気だと思う
とても抽象的に感じるかもしれないが
そもそも相手のことが好きでその人しか見えない状態の人はどこからが浮気かなんて気にする必要はないのではないか
というのが私の考え
きっとこれしたら相手傷つくな、誤解させたくないな、心配させたくないな
そんな気持ちがあれば境界線なんて知る必要もない
それでもどこから浮気かと聞かれれば
強いていうなら
心が動いた時点でそれは浮気だ
この人ともっと一緒にいたいなと思った時
どこまでなら一緒にしていいんだろうなんて考えてしまう
その時点でアウトなのだ
相手を大切にしたい気持ちがあるのなら
浮ついた気持ちを隠して
どこまで許されるかなんて考えずに
その人と会うのを辞めるべきだ
相手には心なんてわからないのだから責められる必要はない
だから全てよしってわけじゃないんだよ
問題は相手に嘘つくことじゃなくて
自分自身に嘘をつくこと
一生付きまとってくる嘘に耐えることはできるのだろうか